小さな登山家 栗城史多くんのヒマラヤ8000m峰ダウラギリ山からのインターネットライブ中継は、昨日15日の昼間に無事終了。
昼休みにパソコンの前に座って、じりじりしながらYahoo動画でダウラギリからの不安定な生中継を観ていた方もいたのでは?(見逃した方、アーカイブはこちら)
「8000m峰からの世界初インターネットライブ中継を成功させる」という重圧が、これまで栗城くんの両肩にずっしりのし掛かっていたことは想像に難くない。
その中継も無事終って、ここからがソロアルピニスト栗城史多の本当のダウラギリ挑戦のはじまりだ。
現在は、スタッフたちと一緒だった標高5000mのベースキャンプをひとり離れ、標高6500m付近まで上り、テントを張った様子。ここから先は「デスゾーン」といわれる領域へ、単独・無酸素のまま足を踏み入れていくことになる。
標高8167mのピークアタックまで、あと4日。いよいよ大詰めだ。この週末も目が離せない。
初夏のような陽気に誘われて、一路、山梨県北杜市にある「チームシェルパ」まで足を延ばしてきた。
ここは、知る人ぞ知る日本のバックパッカーの第一人者 シェルパ斉藤氏が、古い電柱などの廃材を使って、仲間たちと手作りしたカフェ&バックパッカーズ・ミュージアム。
本来なら、先週の赤岳登山の帰りにココへ寄るはずだったが、予想以上に山で体力を使い果たした上に、予想以上に祝杯のビールを飲みすぎたため、あの時は「チームシェルパ行き」を断念したのだった。
JR中央本線 長坂駅から歩いて1時間ほどの田園風景の中に立つ「チームシェルパ」は、背後に小高い山を背負い込んだ小さなオープンテラスのあるカフェだった。
裏山から聞こえる芝刈り機のうなり声をBGMに、気持ちのよいテラスに腰掛け、アイスコーヒーで一服。”店内も自由にごらんになってください”との親切な斉藤夫人のすすめにつられて、アイスコーヒーをいただきつつ、店内も覗かせてもらった。
古い電柱がむき出しのまま柱や梁として使われている店内は、味のある古民家風。
不器用に壁にくくりつけられた棚には、珍しいコンパクトストーブやコッフェル、カトラリーなど、シェルパ斉藤氏のこだわりのバックパッキンググッズが展示されている。
シェルパ斉藤氏本人が登場しないものかと、手持ちぶさたに店内やテラスをいったりきたりしながら時間をすごしつつ、斉藤夫人としばし世間話し。
東京から来たことを伝えると、「歩いてですか?」と真顔で斉藤夫人。どうやら、ここは東京から歩いてくるバックパッカー客もめずらしくないようだ。
「ここからの帰りは、来た道をもどるだけではつまらないでしょう。長坂駅の隣駅”ひのはる駅” まで歩くと気持ちいいですよ。あの南アルプスの見える方角へなんとなく歩いていくと、1時間くらいでつきますよ」と思いもよらない提案をしてくれた。地図を持ち出して親切にルートを説明してくれるのだが、標識も信号もないこのあたりの道を説明するのは、斉藤夫人にとってもむずかしいらしく、どうにも要領を得ない。
終いには「迷いながら歩くのも楽しいですよ。途中道迷いしても、山と違って、人里では命を落とすことはないしね」とにっこり。
斉藤夫人からのせっかくの提案なので、本当にただなんとなく、南アルプスを目指して歩いていくと、1時間ほどで「日野春駅」に到着した。
はじめての土地で、地図も持たず、コンパスも使わす、時計も見ずに歩いたのは、これがはじめての経験。
山では、絶対に有得ない歩き方だ。
そうか、これがバックパッキングの流儀なのか~と、ちょっと開眼。
ちなみに、最後まで姿を見ることが叶わなかったシェルパ斉藤氏本人だったが、「あの裏山から聞こえてくる芝刈り機の音、うちの斉藤がやっているんです。私が頼んで朝からやってもらっているの」と最後の最後に斉藤夫人。
日本のバックパッカー第一人者も家庭ではマァこんなもの、と深く共感した。
八ヶ岳の主峰 赤岳のてっぺんから、昨晩、無事帰還。標高2899mの山頂からの眺めは、ただただ圧巻。
白い尾根でつながる八ヶ岳連峰の荘厳な山々が、霞の上に浮かんでいるよう。
その中心に自分が立っているような錯覚を憶える。初日、雪と強風の中、標高2600mにある山荘で一泊。翌朝、山荘の背後に覆いかぶさるような赤岳山頂目がけてピークアタック。
ここから一気に麓の八ヶ岳山荘まで下って、生ビールで祝杯、そして入浴。風呂上りに再び祝杯。
このころには、前日の山荘での恐ろしい一夜のこともすっかり忘れて、全身トロけてしまった。相方のT氏も、至極ご満悦のご様子。次回雪山第四弾は、夏の白馬岳の大雪渓に決定(日程は未定)。まだまだ雪山はつづきますよ。