司馬遼太郎の「空海の風景」という作品に魅せられてからというもの、いつかは訪れてみたいと想い焦がれていた高野山へ、この連休を利用して行って来た。
大阪 難波駅から南海電鉄に乗って麓の極楽橋駅まで1時間半、ここから山頂の高野山駅へはケーブルカーで5分。行こうと思えば1泊2日でいける近さだったのだ。
標高820mの高野山は、山頂部がナタで切り落とされた口のように巨大な平地となっている。
東西5キロ、南北1キロの平地には、切り開いた杉木立の中に色とりどりの伽藍や寺院、塔、門が建ち並び、これをとりこ囲むように走る国道沿いに、宿坊、飲食店、みやげ物屋、学校、交番、銀行などがどこまでも軒を連ねている。1200年前、この地で空海が夢想した真言密教の宗教都市も、これほど開かれた賑やかなものではなかったかと思われる。
高野山の東端、空海が今も”入定”されたままの姿にあるという奥の院から、西の端の大門まで、約5時間をかけて徒歩で巡った。
これまでに何度となく「空海の風景」を読み返し、高野山関連の観光ガイドも頻繁に目にしていたおかげで、ほとんど地図を見なくても歩き廻ることができた。
ただ、書物や写真ではうかがい知ることのできなかった風景の遠近感や、声、音、匂いなどが地面から沸き立つような力となって、一歩足を踏み出すほどに肩のあたりを掴まれ、体ごと揺さぶられるような感覚を覚えた。
そして、奥の院エリアと大伽藍エリアとの結び目となる”一の橋”で、どの観光ガイドにも出ていなかった「司馬遼太郎 文学碑」に遭遇。
碑文を見ると、昨年(2008年)9月に高野山開山1200年記念事業として、高野山僧侶の発意で建立されたものらしい。
当時は、ちょっとしたニュースになったようだが、うかつにも知らなかった。
”ここで修行する私たち僧侶も、司馬先生の「空海の風景」から多くのことを学びました”という僧侶たちの感謝の気持ちが記念碑建立の理由だという。
なんと作家冥利に尽きるではないか。
これからは、高野山境内の真ん中に司馬遼太郎の碑がある、ということが、はじめて高野山を訪れる人たちにとって心の拠りどころになることだろう。
標高7000mの単独キャンプC1に到着。
小さな登山家 栗城くんの単独無酸素によるエベレスト(8848m)挑戦は、いよいよ最終ステージに入ったようだ。
現地から毎日更新されるブログと映像からも、日増しに高まる緊迫感が伝わってくる。
山頂アタックは、今月末の予定。
あとひといき、がんばれ栗城!
そして、その前に明日14日にはYahoo動画ネット中継企画「ギネスに挑戦!世界最高峰でカラオケを歌う」が控えている。
これは、先週の「ギネスに挑戦!世界最高峰で流しソーメンを食べる」に続くネット中継企画モノ第2弾。
資金集めのために、この手の仕事まで山へ持ち込んでいるのかと思いきや、どうやら本人は根っから楽しんでやっているようだ。
見ていても楽しい。
今回も期待しているぜ。