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成人の日を含む3連休の最中に行われたJR中央線の高架工事の後、JR国立駅の新駅舎の一部分がその姿を現した。
国立市のシンボルだった赤い三角屋根の駅舎が解体された2006年10月から数えて、2年と3ケ月。
この間、駅舎の在った跡地は工事用フェンスで目隠しされ、乗降客は横に設置された仮設駅舎内の改札口と、迷路のように複雑で不便な臨時通路を利用してきた。
フェンスが取り払われて、お目見えした新しい国立駅舎は、ごらんのとおり"ビル連絡通路"のような、素っ気無いもの。
高架化により持ち上がった下り線路の高さにあわせて、国立駅のホームがビルの3階ほどの高さとなったことで、駅舎の姿もこうならざるを得なかったのだろう。
旧国立駅舎は、その昔「この街にも中央線の駅をつくろう」と、地元企業や市民の寄付によって誘致された”街のための駅”だった。
しかし、新しい国立駅は、JRの都合と予算によるもの。だから当然"JRのための駅"なのだ。
この違いが、そのまま駅舎の姿に現れているようだ。
自宅からもっとも近い博物館「くにたち郷土文化館」で「幕末から自由の権へ-本田家の人々が見た時代」
という展示会を開催している。
本田家は、江戸時代初期(17世紀前半)に川越からここ谷保村に移り住み、
以後代々この地で村医者を勤めるかたわら、地主、村役人、文人、書家としても活躍された谷保の名士。
現在も甲州街道沿い、谷保天満宮近くに古い大きな屋敷を構ている。
今回の展示は16代目本田家当主の協力で企画展が実現している。
「こんなものまで、蔵の中にあったの!」という展示馴れしない珍しい品々が、
これまた展示品馴れしない片田舎の小さな博物館に無造作に並べられている
のが衝撃的。
・将軍綱吉から下腸された葵家紋の入った鞍。
・将軍家ゆかりの葵紋章の一種「立ち葵」を家紋として許されていること。
・11代目 本田覚庵氏は幕末期に近藤勇や土方歳三とも交流があり、たびたび書を
おしえたり、語り合ったりしていること。
・13代目、本田退庵氏は、親交の深かった近藤勇の首塚をさがしもとめて
全国を旅していること(いまだにこの首塚の場所は特定されていない)
これらの貴重な史実を示す展示を、無料で観る事ができる。
12月17日まで。
この連休3日間を最後に、街のシンボルとして親しまれてきたJR国立駅舎が見納めとなる。
来週10日からJR中央線の高架工事のため、いよいよ駅舎解体がはじまるとあって、駅前は駅舎をバックに写真撮影する人、スケッチブックをもって写生する親子連れ、ただ駅舎の壁を触っている人など、名残惜しむ姿であふれていた。
JR東日本からの駅舎解体計画が浮上したのが10年前。
以来、反対する市民団体と国立市とが、JR東日本、東京都を巻き込んで保存の交渉をおこなってきたが、予算措置のめどがつかず、ついに交渉時間切れとなった。
赤い三角屋根で親しまれてきた国立駅舎は、1926年(大正15年)竣工。
現存する木造建築ではJR原宿駅に次いで全国でも2番目に古い駅舎だという。
解体工事が決まった先月から、夜も駅舎はライトアップされ、家路を急ぐ仕事帰りのサラリーマンたちも、足を止めて駅舎を眺めることが多くなった。
残念でならない。