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日野市「新選組のふるさと歴史館」では、今日から”銃砲から見た近代の夜明け”展が始まった。
京では剣客集団として恐れらた新選組が、鳥羽伏見の戦では、銃砲の前になすすべなく敗れたことを思えば、今回の展示テーマ「銃砲」は、新選組と切ってもきり離せない。
館内には、戦国期の火縄銃から幕末に海外から入ってきゲベール銃、ミニエー銃、スナイドル銃などの実物のほか、これらの当時の設計図面も一緒に展示されている。
よくみると、設計図面は当時の日本の職人たちが、実物を分解して書き起こしたものらしい。
未知の技術に対して、これを自前でつくってやろうという当時の日本人の熱意がつたわってくる。
なかでも銃口の内側にらせん状の溝を彫ることで、発射される弾に回転を加え、飛躍的に命中精度が
上がったスナイドル銃は、その作り方(溝の彫り方)が、長い間わからなかったようだ。
涙ぐましい試行錯誤を経て、われわれ日本人はその技術を習得していったのだそうだ。
また、銃砲が戦術と一緒になって日本に入ってきた幕末、銃砲部隊を動かすための掛け声「右ならえ」「前ならえ」「休め」などが、今も学校で体育の時間に使われる号令の起源なのだそうだ。当時のオランダ銃砲部隊で使われていた掛声の直訳らしい。
知らなかった。
今日と明日の2日間、日野市で開催されている「新選組まつり」。
初日の今日はあいにくの天候のため、メインイベント会場の日野市役所前広場は、人影もまばら。ただ、このお祭りとあわせて会場内小ホールで上演された舞台「残心(Zanshin)-新選組列伝」は、"女性だけによる新選組の舞台”という珍しさも手伝ってか、開場前から人だかり。
舞台は池田屋襲撃シーンから幕が開く。
"人斬り"を重ねるごとに、隊士たちの心の中に巣食う「毒」が大きくなって、次第に狂騒していくという話。
宝塚っぽい、きらびやかな新選組物語かと思っていたが、実際は意外に暗く重たいテーマだった。
ちょっと文学的な心理描写の演技があり、派手な立ち回りもあり、舞台ならではといったかんじ。
ただ舞台の上では、痩身の女性たちが同じように見える浅葱色の隊士服に総髪のいでたち、同じように聞こえる男性の声色ため、誰がどの役なのか、最初のうちはなかなか区別がつかない。
唯一、山南敬介役の方だけは、如何にも本人かくありき、と思わせる貫禄があった。
この舞台は今日で終了、そして日野市の「新選組まつり」は明日まで。
▼アトラクション
5月10日(土)11日(日)は、日野市「新選組まつり」。
メインはなんといっても「隊士コンテスト&パレード」。
我こそは土方歳三!などと名乗りをあげる、なりきり隊士たちが、日本全国から結集する。ちなみに、土方歳三役と沖田総司役は、倍率高し。井上源三郎あたりが狙い目だ。
我こそは、と思っている方々、ぜひ。
今朝の散歩は、石田大橋を渡って多摩川を超え、石田・万願寺を経由して高幡不動尊まで。
このあたり一帯は、土方歳三の生家や日野宿本陣などが今も残る”新選組ゆかりの里”。
高幡不動尊を一周したあと、本尊正面にある「元祖高幡まんじゅう店」の無料休憩所でひと休み。あたりを見渡せば、壁一面「新選組」。
ふと、机の上のチラシの「新選組難問クイズ(中級編)」の文字が目に止まった。
どれどれ、ナニナニ.......えぇっと....うぅーんっと..........、マズイ。
まだまだ修行が足りない。
こたえが「香取慎吾」や「新見錦」といった簡単なものから、こたえを見てもまったく知らないものまで全30問、うち正解できたのはたった13問だ。
この先、いつ、誰から、同じ質問をされるかわからない。
そのときになって「ああ、あのとき勉強しておけばよかった」とならないためにも、復習だ。
Q.池田屋は事件後、何ヶ月の営業停止になったか? (こたえ:7ケ月)
Q.芹沢鴨の持っていた根付を盗んで殺されたといわれる隊士の名は? (こたえ:佐伯又三郎)
Q.会津藩が本陣としていた京都の寺の名前は? (こたえ:金戒光明寺)
Q.榎本軍が函館防衛のために五稜郭の北方に築いた要塞の名は? (こたえ:四稜郭)
Q.三橋美智也が唄った新選組の歌は「ああ新選組」と、もう1とは何? (こたえ:新選組の歌)
(中級編)クイズですっかり失った自信を取り戻すため、この後、予定外だったが「新選組ふるさと歴史館」と「日野宿本陣」まで足をさらに伸ばした。
自宅からもっとも近い博物館「くにたち郷土文化館」で「幕末から自由の権へ-本田家の人々が見た時代」
という展示会を開催している。
本田家は、江戸時代初期(17世紀前半)に川越からここ谷保村に移り住み、
以後代々この地で村医者を勤めるかたわら、地主、村役人、文人、書家としても活躍された谷保の名士。
現在も甲州街道沿い、谷保天満宮近くに古い大きな屋敷を構ている。
今回の展示は16代目本田家当主の協力で企画展が実現している。
「こんなものまで、蔵の中にあったの!」という展示馴れしない珍しい品々が、
これまた展示品馴れしない片田舎の小さな博物館に無造作に並べられている
のが衝撃的。
・将軍綱吉から下腸された葵家紋の入った鞍。
・将軍家ゆかりの葵紋章の一種「立ち葵」を家紋として許されていること。
・11代目 本田覚庵氏は幕末期に近藤勇や土方歳三とも交流があり、たびたび書を
おしえたり、語り合ったりしていること。
・13代目、本田退庵氏は、親交の深かった近藤勇の首塚をさがしもとめて
全国を旅していること(いまだにこの首塚の場所は特定されていない)
これらの貴重な史実を示す展示を、無料で観る事ができる。
12月17日まで。