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福澤諭吉という人は、やはり難しい性格だったのだろう。
東京国立博物館で今月10日から始まった「福澤諭吉展」からは、そんな感想が真っ先に浮かぶ。
表慶館と本館の一部を使った大掛かりな今回の展示では、福澤諭吉が明治日本に残した功績と、慶應義塾が世に送り出した数多くの人脈が紹介されている。
ただ、その偉大な功績のわりに、福澤諭吉本人の人間的な魅力が伝わってこない。
これも我が敬愛する大村益次郎や勝海舟と仲が悪かったーという個人的な先入観のためだろう。
「今でも、あの学生長屋のような商売、やっているのかね?」
勝海舟が福澤諭吉に浴びせたという有名なご挨拶のセリフ。"学生長屋”とは、言うまでもなくあの有名義塾のこと。
こんなセリフを吐く方も吐く方だが、そう言わせてしまう方にもナニかしら有らん、と思えてしまう。
今年3月 ニューヨークで開催されたクリスティーズのオークションで約13億円で落札され話題となった、運慶作の新発見とされる大日如来像が、6月10日より東京国立博物館で一般公開されている。
さっそく観に行ってきたが、いつもの展示と様子が違って、面食らった。
”大日如来像 一般公開”に関する看板、ポスターの類が博物館周辺のどこにもなく、入口前のチケット売り場にさえ、チラシの一枚もない。
不思議に思って、入場係の方に尋ねると、本館1階の常設展示室で展示されているとの答え。
常設展示入場料金600円を払って館内に入ると、本館1階でようやく「大日如来坐像」の簡単な説明パネルを発見。そのすぐ横の展示室に、”実物”が控えめに展示されていた。
高さ60センチほどの大日如来坐像は、ところどころ金箔が剥げ落ち、傷みも目立つが、完成当初のまぶしい姿を彷彿するに十分な姿をとどめている。
運慶作といえば、筋骨の筋が浮き上がった荒々しい仏像を連想するが、この大日如来像は、つるりとした丸みのある体格の内側にその力強さ、骨太さを押さえ込んでいるようなカタチだ。
印象的なのは、その青黒い目と、高く盛り上がったヘアスタイル。独創的であり、だからこそ運慶なのか、と思ったりする。
本当に運慶の作なのか?研究は今もつづいていて、ほぼ間違いない、という結果はでているようだ。
ただ現時点では、まだ国の重要文化財指定を受けていないことや、所有者である宗教団体 真如苑の申し入れによる一時的な展示であること、などが今回の慎重な一般公開の理由のようだ。
「薬師寺展」にこれほど人が詰め掛けているとは想像もしていなかった。
朝9時半の開場を待ち焦がれて、東京国立博物館の入口から「薬師寺展」会場の平成館前まで並ぶ長蛇の列は、ざっと200メートル。
平城遷都1300年を記して開催されている「国宝 薬師寺展」の目玉は、奈良県 薬師寺の金堂で、薬師如来本尊の両脇に祭られる一対の国宝立像「日光菩薩」と「月光菩薩」。
高さ3メートル近いこの巨大な一対のブロンズ像の回りには、とりわけ大きな人垣。
今回この立像の展示には工夫が凝らしてあって、普段、本堂内では見ることができない本像の裏側まで鑑賞できるようになっている。
なので、正面から鑑賞する人の数と同じくらい、背面にもギャラリーがいっぱい。
たくましく盛り上がった背筋としなやかな腰付をもつ本像の後ろ姿は、正面から見
る以上に、男女不明な不思 議なカタチをしている。
後の鎌倉時代になって登場する筋骨隆々の仏像とは、あきらかに違う、ガンダーラ風の“力強さ”と“まろやかさ”がある。
天武天皇が飛鳥の都 藤原京で、皇后の病気平癒のため祈願建立したという薬師寺は、その後、平城京遷都にともない、本堂も引っ越したと伝わるらしい。
ただ、藤原京にあった薬師寺の伽藍をそのまま平城京へ移したのか、あるいは平城京でも「新たな薬師寺」を創ったのか~いまだ議論が残っているのだという。
いずれにせよ、日本全国津々浦々に鎮座する薬師如来信仰のルーツを実感することができる展示だ。
東京国立博物館で開催中の「京都五山 禅の文化展」へ。
「京都五山」も「禅」にも、まったくなじみがないが、実物を目にすれば何か得るものがあるのでは、という漠然とした気持ちで出掛けた。
展示品は「禅宗」が日本に入ってきた以降のものなので、鎌倉・室町時代の仏像、仏画、墨蹟、袈裟などが中心。
展示企画ポスターでもメインで紹介される等身大の禅僧坐像は、老人像ばかりで、その細部までがリアルすぎて、観ていて気持ちのよいものではなかった。そのモデルとなった禅僧たちの名前をみてを、まったく知らない方々ばかり。
こうした仏教文化の展示は、つくづく難しいものだと思う。
予備知識がないと、単にその造型が好きか嫌いかの感想しか浮かんでこない。
くわえて、鎌倉・室町時代の「禅宋」というテーマもむずかしい。
奈良仏教に対峙して隆盛した京都仏教を継承し、そこからさらに贅肉をそぎ落としたような禅宋の展示からは個性や、見た目の派手さが感じられない。空海や最澄の密教文化といった、誰もが知っている平安初期のスタアたちの足取りと謎めいた仏教儀式をテーマとするなら、その宗派開祖の歴史からマンダラや護摩壇といった祭事具の展示など、きっとおもしろいものになるだろうに。
と思っていたら、会場の外の常設展示室で真言密教の大日如来像を発見。
この偶然に、空海のご加護を感じた!
やっぱり、展示としてはこっちのほうがいいね。しかも、写真撮影OKだ。
上野の東京国立博物館で幕末・明治を集めた「古写真 記録と記憶」という特別展示を開催していると知り、久しぶりの上野博物館めぐりへ。ダヴィンチ展が終了した国立博物館は人もまばら、いつもの閑静さに戻ったよう。
写真展は予想以上に作品が地味で、しかも展示点数が50点程度と少ない。
高杉晋作や勝海舟などの歴史人物写真は、どこかで目にしたことのあるおきまりのポーズのものばかりで、やや退屈。ちょっと目を惹いたのが明治の殖産工業のあゆみを記録した写真たち。
富岡製糸工場の建築現場や土木工事現場で働く男たちと女、子供たちの写真など。写真に動きがあって、人々の表情も明るく、みんな楽しげなかんじ。ただ、展示企画としては限りなく地味でマニア向けだ。
国立博物館をあとにして、そのまま国立西洋美術館の「PARMA(パルマ)展」と、上野の森美術館の「朱徳群(シュ・テー・シュン)展」を観る。
”パルマ”はイタリアの都市名、中田ヒデが在籍していたPARMAの拠点だ。
展示は16世紀から17世紀ころ、このイタリアの地方都市で興った美術作品を紹介したもの。人物、風景の中にある陰影を、鮮やかな色とふくよかなタッチで描いた作品たち。
朱徳群(シュ・テー・シュン)展のほうは、60点近くある展示作品の中に、カタチあるものを描いたものが1つとして無い大いなる抽象画たち。抽象画はその作品1つだけを取り出してみると自分でも描けそうな気がするものだが、これだけ数多くの作品を通して、カタチの無いものを違う作品として描きわけるというのは、並大抵の才と努力ではない。
こちらの2つの展示のほうが予備知識なしで楽しめた。