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ここ、国立市谷保が映画になった。
映画「筆子 その愛-天使のピアノ-」は、今も谷保にある日本で最初の知的障害者施設”滝乃川学園”の創設者 石井亮一・筆子夫妻の話。
明治の中頃、まだ”福祉”という言葉も法整備もなく、世間の外側に置かれ、差別されていた知的障害者のために、石井亮一氏が滝乃川学園を創立。一方 筆子は、その家柄、美貌、知性から”鹿鳴館の華”と社交界で呼ばれ、貴族紳士と華やかに結婚。ところが授かった子供が知的障害児で、その後夫も病死する。筆子が途方にくれているとき、滝乃川学園と石井亮一氏に出会い、そして再婚。
その後、夫婦で懸命に学園を切り盛りしていくうちに、世間の知的障害者福祉に対する理解と支援を得ていく。勝海舟や渋沢栄一といった政財界の支援や大正天皇、昭和天皇からの御下腸金、褒章もあったという。そして昭和3年、滝乃川学園はここ国立市谷保へ移転してくる。夫亮一の死後、学園を引き継いだ筆子は、84歳で亡くなるまで子供たちと学園の中で一緒過ごしたという。
いい映画だった。
家の近所の公園や森、田んぼが、映画の舞台として大活躍。
主人公 筆子の生涯を常盤貴子が熱演。
ただ自主制作映画のため、一般の映画館では上映していないようだ。町のホールや公民館で不定期上映している。興味のある方は、ぜひこちらのホームページで上映スケジュールのチェックを。
また、地元谷保の「くにたち郷土文化館」では、「滝乃川学園~石井亮一・筆子夫妻の軌跡~」展も開催している(無料)。ここでは、筆子が愛用していた「天使のピアノ」と呼ばれる、当時高価で珍しかった天使の装飾がついたアップライトピアノや、今も滝乃川学園に残る当時の貴重品などが展示されている。
そして、谷保まで足を伸ばしたら、今も子供たちを育む「滝乃川学園」もぜひ覗いてみてほしい。
谷保天満宮境内での御神輿の宮入り宮出しの儀は、5年前の「菅公1100年祭」に次いで今回が2回目。
境内は、一堂に結集した町内の御神輿とこの珍しい儀式をひとめ見ようというギャラリーで、ひといきれ超満員。
ふつう、お祭りの御神輿といえば、神社の境内で宮司の祝詞をうけて出発し、まちなかを一周して、ふたたび境内にもどってくるものだが、谷保天満宮では1100年もの間、境内に町内の御神輿が入ることが禁じられてきた。
その理由がどうもはっきりしない。
しいて言えば「それが昔からの伝統だから」ということらしい。
そのかわりに、万灯(まんとう)と呼ばれる巨大な花笠山車がお祭りの主役をつとめつづきけてきたのだ。
もちろん御神輿行列もあるのだが、肝心の境内に入れないため、どこか脇役的な存在だった。
ところが5年前の「谷保天満宮 例大祭-菅公1100年祭」の折、「町内の御神輿を境内に入れてほしい」と地元青年会(※と云っても、みなオッサン)が立ち上がり嘆願、その後谷保天満宮と根気よく交渉を重ね、ついにこれが許された。
ただ、天満宮側からの条件がついたのだろう、御神輿が境内に入れるのは”神幸祭”が開催される5年に1度の例大祭に限って-ということになっているようだ。
そして「菅公1105年祭」にあたる今年は、史上2回目の「宮入り宮出しの儀」。
前回見逃してしまった私にとっては、はじめての体験。
観ているだけで興奮するし、青年会の思いを想像すると胸が詰まってくる。
自宅からもっとも近い博物館「くにたち郷土文化館」で「幕末から自由の権へ-本田家の人々が見た時代」
という展示会を開催している。
本田家は、江戸時代初期(17世紀前半)に川越からここ谷保村に移り住み、
以後代々この地で村医者を勤めるかたわら、地主、村役人、文人、書家としても活躍された谷保の名士。
現在も甲州街道沿い、谷保天満宮近くに古い大きな屋敷を構ている。
今回の展示は16代目本田家当主の協力で企画展が実現している。
「こんなものまで、蔵の中にあったの!」という展示馴れしない珍しい品々が、
これまた展示品馴れしない片田舎の小さな博物館に無造作に並べられている
のが衝撃的。
・将軍綱吉から下腸された葵家紋の入った鞍。
・将軍家ゆかりの葵紋章の一種「立ち葵」を家紋として許されていること。
・11代目 本田覚庵氏は幕末期に近藤勇や土方歳三とも交流があり、たびたび書を
おしえたり、語り合ったりしていること。
・13代目、本田退庵氏は、親交の深かった近藤勇の首塚をさがしもとめて
全国を旅していること(いまだにこの首塚の場所は特定されていない)
これらの貴重な史実を示す展示を、無料で観る事ができる。
12月17日まで。